竜再建へ!常勝チームへの再建を託された、中日ドラゴンズ森繁和監督!

2016年シーズン途中から指揮をとっていた、中日ドラゴンズ・森繁和監督。コーチや外国人スカウトとしてチームに長く携わり、常勝チームから19年ぶりの最下位を経験してきた森繁和監督の覚悟、就任からの一年はどのような戦いだったのでしょうか?今回は中日ドラゴンズ・森繁和監督の経歴・年俸・評価、そして著書なども紹介していきたいと思います!

漢気溢れる名参謀!中日ドラゴンズ・森繁和監督

2016年9月、昨年シーズンを最下位で終えた中日ドラゴンズは、来季の新監督として森繁和ヘッドコーチの昇格を発表しました。
2016年8月、中日ドラゴンズは成績不振から、その年指揮をとっていた、谷繁元信監督の休養を発表。
当時は次期監督候補としてウエスタン・リーグで優勝争いをし、高い評価を受けていた、小笠原道大2軍監督の抜てきが確実視されていましたが、谷繁監督の後を受け、シーズン途中から監督代行を務めた、森繁和監督代行の就任となりました。

森繁和監督といえば、落合博満監督時代からコーチとしてチームに携わっていた「名参謀」。

今回はそんな森繁和監督の年俸・経歴・性格・周囲からの評価・著書などにも触れていきます!

中日ドラゴンズ・森繁和監督のプロフィール

  • 名前   :森繁和(もりしげかず)
  • 生年月日 :1954年11月18日
  • 出身地  :千葉県長生郡一宮町
  • 身長   :181cm
  • 体重   :81kg
  • ポジション:投手
  • 投球・打席:右投右打
  • 経歴   :科学技術工業高→駒澤大学高→駒澤大→住友金属→西武

中日ドラゴンズ・森繁和監督の経歴

仲間に慕われるエース、アマチュア時代

高校は森繁和監督の地元である、千葉の科学技術工業高へ進学。
科学技術工業高は、大手電機会社が設立した高校で、2年生の頃からエースとして活躍しますが、1972年に廃校が決定します。
科学技術工業高が最後の夏の県大会の時、同校のエースであった森繁和監督は、判定を巡って処分を受けます。

その姿を見た駒澤大野球部学監は、この選手は前途有為と、森繁和監督を駒澤大高卒として引き取り、卒業後は駒澤大学へ進学します。

この時、駒澤大高から駒澤大へ進学した野球部員の多くは、森繁和監督のことを全く知りませんでしたが、今の怖すぎる見た目と裏腹に当時から人当たりが良く、時には手料理を振舞うなどすぐに打ち解け、仲間からも上級生からも好かれる存在だったそうです。

駒澤大時代は4年間で18勝をあげ、5回の優勝を経験。4年次には最高殊勲選手・最優秀選手・ベストナインを受賞。日本選手権では完全試合を達成。

日米大学野球選手権でも日本代表に選ばれ、この成績からプロからの注目を集めることとなり、1976年ドラフト1位でロッテオリオンズから指名を受けます。
しかし森繁和監督は「私には足りないところがあります」と、当時のロッテ監督・金田正一監督の元へ、ひとりで断りに行ったそうです。

駒澤大卒業後は住友金属へ入社。エースとして都市対抗野球優勝を経験し、1978年、4球団競合の末、ドラフト1位で西武へ入団しました。

現役時代

西武へ入団した森繁和監督は、ルーキーながら先発ローテーションの一角を守り、チームは最下位となりましたが5勝に終わります。

2年目からはコンスタントに二桁勝利をマーク。3年目の1981年には現役最多の14勝をマークし、西武投手陣の中心的存在となります。

翌1982年は開幕投手を任されましたが、シーズン途中から中継ぎに転向し、その年の西武優勝に貢献。後に監督となる中日ドラゴンズとの日本シリーズでも活躍しました。

1983年には5勝5敗、当時の日本記録となる34セーブをあげ、最優秀救援投手賞を受賞。

その後は故障に苦しみ、徐々に成績が低下。1986年に肩を手術しますが、1988年に10年という短い現役生活に別れを告げ、引退を決意します。

森繁和監督、現役時代の成績と年俸

  • 1979年
    登板数43 投球回203.1 5勝16敗7セーブ
    防御率4.51 年俸360万
  • 1980年
    登板数40 投球回156.2 10勝14敗7セーブ
    防御率4.71 年俸680万
  • 1981年
    登板数31 投球回200.1 14勝11敗0セーブ
    防御率3.77  年俸980万
  • 1982年
    登板数51 投球回101.2 10勝2敗10セーブ
    防御率3.19 年俸1560万
  • 1983年
    登板数51 投球回85.0 5勝5敗34セーブ
    防御率1.48 年俸2310万
  • 1984年
    登板数38 投球回64.0 6勝7敗13セーブ
    防御率2.81 年俸3512万
  • 1985年
    登板数39 投球回73.1 6勝6敗8セーブ
    防御率4.30 年俸3400万
  • 1986年
    選手登録なし、記録なし 年俸3000万
  • 1987年
    登板数21 投球回28.2 1勝0敗1セーブ
    防御率1.57 年俸1500万
  • 1988年
    登板数21 投球回26.0 0勝1敗2セーブ
    防御率3.81 年俸2400万

引退後…コーチ時代、名参謀へ!

引退の翌年の1989年から1991年、西武の2軍投手コーチを務め、1992年から1軍投手コーチに就任。
長くコーチを務めますが1998年シーズン途中に、西武投手陣低迷の責任をとり、2軍投手コーチへと配置転換。1999年までコーチを務めます。

2000年・2001年は日ハムの1軍投手コーチを務めますが、投手陣の成績は上がらず、2002年から横浜ベイスターズの1軍投手コーチに就任。
しかしベイスターズでもチーム防御率は上がらず、チームは低迷。

2004年から中日ドラゴンズの1軍投手コーチに就任。ここまではあまりチームに貢献しているとは言い難かった森繁和監督の、経験が開花します。
2009年まで1軍バッテリーチーフコーチを務め、2010年にはヘッドコーチに就任。

2011年の退団までにリーグ優勝4回・日本シリーズ優勝1回に貢献します。

当時は落合博満監督の右腕として評価が高く、投手コーチ・バッテリーチーフコーチ・ヘッドコーチだけでなく、シーズンオフには自らドミニカへスカウトへ向かうなど、重要な役割を担ってきました。

コーチとしての評価、中日ドラゴンズ・森繁和監督の著書

中日ドラゴンズ退団後、野球解説者・野球評論家を務め、2012年には初の著書「参謀」「勝ち続ける力」、2014年には「軍師の逆襲」が発売されます。

こちらの本にもコーチ時代の森繁和監督の考えや行動がつづられているのですが、中日ドラゴンズコーチ時代、春のキャンプでは毎日監督・コーチと朝まで酒を飲み、監督の考え・コーチの役割を把握し共有するその姿は、まさに名参謀と言われる所以。

そして口が固く、その強面な外見とは裏腹に、投手心理を理解する気配り・目配りは、監督・コーチだけでなく、選手からの信頼も集めます。

吉見一起選手は「あの人は怖くありません。いいお父さん、という感じです」と話します。

また、北海道遠征の際は、森繁和監督自身がドミニカへ渡り、中日ドラゴンズへ入団した選手たちをジンギスカン料理店へ連れていき「俺を日本の親父と思ってくれ」と話し、日本プロ野球や日本の生活に慣れないドミニカ人選手たちの不安の解消につとめます。

彼らからの信頼も厚く、ドミニカ滞在中は、銃を突きつけられたこともあった…という経験も、今では笑い話として伝えられています。
このように監督・コーチ・選手からの信頼の厚い森繁和監督は、2014年、谷繁元信選手兼任監督のもと、中日ドラゴンズ1軍ヘッドコーチとして復帰を果たしたのです。

中日ドラゴンズ監督就任!森繁和監督の思い

(出典:フリー写真素材ぱくたそより

2016年8月、谷繁元信監督休養により監督代行を務めた森繁和監督は、2017年、中日ドラゴンズの監督へ就任。
谷繁監督の解任後に采配を振るった森繁和監督代行の成績は、15勝24敗。
勝率は3割8分5厘と、谷繁監督の成績を下回るものであったため、本来なら晴れやかであるはずの就任会見は、ずいぶんと静かな、重々しい会見となりました。
しかし、19年ぶりに最下位、4年連続Bクラスの屈辱を味わったチームの課題を誰よりも知っているのは、コーチとして、あるいは外国人選手のスカウトとしても、
長くチームに携わっている森繁和監督ではないでしょうか。

新監督就任で即優勝します!というような空々しいものではなく、中日ドラゴンズというチームをもう一度土台から立て直そう、そんな覚悟が感じられる監督就任会見。その会見で森繁和監督は「次の若い人達が4年・5年・6年とかけて一つのチームを作り上げていくには、今すぐの1年では難しい」と言いました。それは、常勝チームから数年経ち、チームは既に、簡単な補強ですぐに上位を狙えるチームにはならない状態まできてしまっていた事を示唆していました。

「どうせ苦しむなら俺がもう一度苦しみましょう。そのかわり良い形ができたと思ったら、その時は退きます」。選手だけでなくコーチ・次期監督育成までも含めた、常勝チームになるべく土台からの再構築。
それは簡単に成し遂げられる事ではなく、中日ドラゴンズは2017年もBクラスへ沈もうとしています。

落合博満監督のもと「名参謀」と呼ばれた森繁和監督の手腕に期待しましょう!

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