中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手「越後のドクターK」のプロフィールを紹介!

創部4年目の新興校を、3部リーグから1部リーグ2位にまで押し上げた中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手。最速147キロのストレートと鋭いキレのあるカットボール・スライダーを操り「越後のドクターK」とうたわれました。そんな笠原祥太朗選手とは、どのようなプロフィールをもつ選手なのでしょうか?高校まではほぼ無名の選手が、大学でその才能を開花させた理由とは?今回は中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手のプロフィールやこれまでの経歴、今季の成績や年俸、性格にも触れて、紹介したいと思います!

中日ドラゴンズ「新潟の星」笠原祥太朗選手!

創部4年目の新興校を、3部リーグから1部リーグ2位にまで押し上げた中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手。

いわゆる「大谷・藤浪世代」で、高校まではほぼ無名の選手ですが、大学でその才能を開花させ、数々の関甲新学生リーグの新記録を打ち立てます。

その投球は、最速147キロのストレートと鋭いキレのあるカットボール・スライダーを操り「越後のドクターK」とうたわれました。

そんな笠原祥太朗選手とは、どのようなプロフィールをもつ選手なのでしょうか?大学で大躍進を遂げた理由とは?

今回は中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手のプロフィールやこれまでの経歴、今季の成績や年俸、性格にも触れて、紹介したいと思います!

中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手のプロフィール

  • 名前   :笠原祥太朗(かさはら しょうたろう)
  • 生年月日 :1995年3月17日
  • 出身地  :新潟県新潟市
  • 身長   :177cm
  • 体重   :85kg
  • ポジション:投手
  • 投球・打席:左投左打
  • 経歴   :新津高→新潟医療福祉大→中日ドラゴンズ

 

以上が笠原祥太朗選手の基本プロフィールです!

中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手の経歴

学生時代

結小2年の頃に、姉に誘われて「萩川スポーツ少年団」で野球を始めます。この時すでに投手であった笠原祥太朗選手は、新津二中では軟式野球部に所属。

卒業後は新津高に進学し、1年秋以降は実質エースとして活躍します。しかし公式戦であげた勝ち星は、3年春に1勝と夏の全国高校野球選手権大会・新潟大会での1勝のみ。

自宅から通えることで進学を志望した新潟医療福祉大でも、硬式野球部が創設されると聞き、始めは大学では遊びで野球を続けようと考えていたそうです。

そんなプロフィールをもつ笠原祥太朗選手は、新潟医療福祉大は一般入試で合格。しかしそこで出会ったのが、新潟明訓高の名将・佐藤和也監督でした。

この出会いが、笠原祥太朗選手を大きく変えていきます。

恩師・佐藤監督との出会い

佐藤監督は新潟医療福祉大・硬式野球部の創部と共に就任。佐藤監督は新潟明訓高での最後の夏に、笠原祥太朗選手が所属する新津高と対戦しています。

この時笠原祥太朗選手は、新潟明訓高を9回まで抑える好投をみせますが、勝利を目前にサヨナラ負け。

この年夏の甲子園へ出場する新潟明訓高を追い詰めた笠原祥太朗選手の印象を、佐藤監督は「僕が最後と聞いて、(新潟明訓高の)選手が緊張してしまったのではないか」と思っていたそうですが、

大学へ一般入部してきた笠原祥太朗選手の投球を見て「本当に好投手だったんだなあ」と思ったのだとか。

当時の笠原祥太朗選手を「コントロールもメンタルも全然ダメ」だったと語る佐藤監督。

野球部が大学の強化指定クラブであったため、恵まれた環境で野球を続けることが出来、身体が一回り大きくなったことで球速が147キロまで大幅にアップします。

そして創部1年目で先輩がいなかったため試合の出場機会にも恵まれ、笠原祥太朗選手はぐんぐんとその才能を伸ばしていきました。

佐藤監督は笠原祥太朗選手を「身体が強く、斜に構えるところのない素直な子」と語ります。

きっとそういった性格も、笠原祥太朗選手が大きく成長できた要因のひとつなのでしょうね。

「越後のドクターK」誕生!

ぐんぐんと成長を続ける笠原祥太朗選手は、2年秋の群馬大戦でノーヒットノーランを達成。

3部リーグからはじまったチームが、3年秋に関甲新学生リーグ1部に昇格すると、1シーズン73奪三振という、関甲新学生リーグ新記録を達成しました。

そんなプロフィールをもつ笠原祥太朗選手に、プロ野球スカウトの注目が集まります。

4年春の全国大会はチームは優勝争いを繰り広げるも惜しくも2位、笠原祥太朗選手は無敗の6勝、1点を切る防御率で、最多勝・最優秀防御率を受賞、ベストナインにも選ばれました。

その後、大学日本代表合宿にも参加し、トップレベルの選手から刺激を受けることも大きな財産となったそうです。

プロを強く意識していた笠原祥太朗選手は、2016年ドラフト4位で中日ドラゴンズより指名を受けます。

創部4年目の新潟医療福祉大からは、もちろん初めてのプロ野球選手、また新潟県の大学から、社会人や独立リーグを経ずプロ野球への入団も初という快挙となりました。

プロ入り

2017年、ルーキーイヤーを迎えた笠原祥太朗選手は、二軍で10試合に登板し、防御率1.80と結果を出し、6月に中継ぎとして初登板。

夏には二軍で行われる球宴・フレッシュオールスターにウエスタン選抜として登板します。

8月末までに一軍で奪三振率9.18をたたき出し、9月に初先発。3度目の先発を8回無失点で抑え、初勝利をあげました。

最終戦では初の完投も経験し、この年先発・中継ぎと充実のルーキーイヤーを過ごした笠原祥太朗選手。

シーズン終了後の中日ドラゴンズ森繁和監督のルーキーへの評価も、今季大活躍した京田陽太選手に次ぐ高評価で「そんなに期待していなかった。今シーズンはいいものを見せてくれた。来シーズンどんどん使ってみたいと思わせてくれるピッチャーのひとり」とコメントを残しています。

今季終盤に先発起用されたのは来季を見据えて、と言われていますが、来季は先発・中継ぎ、どちらでの起用になるか楽しみですね!

中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手の特徴

微妙に動く最速147キロの速球と切れ味鋭いスライダーが武器の「越後のドクターK」と呼ばれたプロフィールをもつ笠原祥太朗選手。

手元でキレるカットボールや、間に織り交ぜるチェンジアップも効果的に配球し、打者を手玉に取ります。肘を柔らかく使ったフォームはとても美しくしなり、伸びのあるストレートを生み出していきます。

奪三振が多いのも魅力。しかし制球面に課題があり、まだまだ粗削りな感は否めません。特にキレのあるスライダーを制御できるようになれば、今後大きく化ける可能性があると言われています。

中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手の性格

子供の頃は内気で言葉も少なかったという笠原祥太朗選手。穏やかで控えめなその性格は大学時代にプロからの注目を集めても変わらず、たくさんの取材を受けても、いつもはにかんだような表情を浮かべていたのだそうです。

「人前で話すことが苦手」と話すように、自分から目立とうとはしない性格です。

その内気な性格は、ともすると弱気にも結び付き、高校時代にあまり大舞台での経験がなかったこともあって、大学野球部入部当初は、強豪校相手にすぐにひるんだりしてしまっていたそうです。

そんなメンタルも大学4年間の成長と共に塗り替えられ、「良い投手」から「強い投手」へ成長しました。

ちなみに野球を始めるきっかけとなった、捕手を務めるお姉さまも、女子硬式野球部のある埼玉栄高へ進学し、防衛大では男子硬式野球部へ所属というプロフィールをもつ選手で、野球の女子日本代表候補へも選ばれています。

中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手の成績・年俸

契約金4000万、年俸800万で中日ドラゴンズと契約した、笠原祥太朗選手の成績と年俸です。

  • 2017年
    登板数18 投球回48.2 1勝3敗0セーブ0ホールド
    防御率3.14 奪三振43 年俸800万

中日ドラゴンズ笠原祥太朗選手、今後の飛躍に注目!

(出典:ぱくたそ-フリー写真素材より
大卒というプロフィールながら、即戦力というよりは、今後の伸びしろを高く評価されて中日ドラゴンズへ入団した笠原祥太朗選手。

現在、中日ドラゴンズは毎年のように先発投手、特に左腕の先発投手が少ないだけに、登板チャンスはたくさんあると思います。

ルーキーイヤーもそろそろ終わりに差し掛かりますが、宮崎フェニックスリーグで、先発として好成績を収め、即秋季キャンプへ合流。

飽くなき向上心を手に躍進する素朴系男子・笠原祥太朗選手から、今後も目が離せませんね!

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