中日ドラゴンズ福敬登選手のプロフィール、力投する速球本格派左腕!

日本プロ野球界には、華々しいプロフィールを携えてプロ入りする選手もいますが、学生時代はほぼ無名だった選手もいます。中日ドラゴンズ福敬登選手はどちらかといえば後者。名門クラブで野球を始めたわけでもなく、高校も地元の高校。社会人強豪チームで才能が開花するまで、真面目に実直に、自らの野球の道を歩んできた、中日ドラゴンズ福敬登選手とは、どのような選手なのでしょうか?今回は中日ドラゴンズ福敬登選手の経歴やプロフィール・成績・年俸、明るく誠実な性格にも触れ、ご紹介したいと思います。

中日ドラゴンズ福敬登選手、パワーあふれる即戦力左腕!

日本プロ野球界には、華々しいプロフィールを携えてプロ入りする選手もいますが、学生時代はほぼ無名だった選手もいます。

中日ドラゴンズ福敬登選手はどちらかといえば後者。しかも高校時代は、学校側の2度の再編統合という、決してよいとは言えない環境で、野球を続けてきました。

名門クラブで野球を始めたわけでもなく、高校も地元の高校。真面目に実直に、自らの野球の道を一歩一歩、歩んできた、中日ドラゴンズ福敬登選手。

その積み重ねた努力は、社会人の強豪チームで開花しました。

そんなプロフィールをもつ福敬登選手とは、どのような選手なのでしょうか?

今回は中日ドラゴンズ福敬登選手のこれまでの経歴やプロフィール、これまでの成績や年俸、明るく親しみやすい性格にも触れ、ご紹介させていただきます。

中日ドラゴンズ福敬登選手のプロフィール

  • 名前   :福敬登(ふく ひろと)
  • 生年月日 :1992年6月16日
  • 出身地  :兵庫県神戸市
  • 身長   :178cm
  • 体重   :85kg
  • ポジション:投手
  • 投球・打席:左投左打
  • 経歴   :神戸西高→JR九州→中日ドラゴンズ

中日ドラゴンズ福敬登選手の経歴

学生時代

中日ドラゴンズ福敬登選手は、小束山小で軟式野球を始めます。多聞東中でも軟式野球部に所属。この頃まで特筆すべきプロフィールはなかった福敬登選手は、地元の神戸西高へ進学します。

決して有名校とは言えない環境ではありましたが、着実に成長を重ねます。

2年春に須磨高との再編統合で、須磨翔風高に生まれ変わった新チームでも活躍。

夏の全国高校野球選手権大会・神戸大会へも出場しますが、惜しくも4回戦で敗退します。

2年秋からはエースを務め、3年夏の全国高校野球選手権大会・神戸大会は3回戦まで進出。

この時、オリックス・バッファローズのスカウトなどが視察に訪れましたが、プロの誘いはなく、卒業後は神戸西高の先輩を慕い、社会人野球の強豪・JR九州へ入社を決めました。

強豪社会人チームで研磨する日々

JR九州では入社1年目から公式戦で活躍。徐々に頭角を現し、2年目から先発として起用されます。

しかし福敬登選手ご本人は、「プロに入るくらいの選手なら、1年目から都市対抗で投げなきゃ」と思っていたようで、高卒の後輩が都市対抗デビューしていくのを見て、悔しくて仕方がなかったと語ります。

そして5年目になると、スポニチ大会・日本選手権・都市対抗野球など、社会人野球の大きな大会で結果を残し、ストレートの球速が150キロを計測。

チームをけん引する、頼もしいエースへと成長していました。

最後の都市対抗野球大会では結果を残せなかったものの、速球派本格左腕というプロフィールをもつ福敬登選手への、プロ野球スカウトからの評価はゆるぎなく、

2015年ドラフト会議で、中日ドラゴンズより4位指名を受け、オフに入団が決まります。

福敬登選手が与えられた背番号は、前年に引退し、長年中日ドラゴンズを支えた大投手・山本昌氏の「34」。

山本昌氏もご自分のつけていた背番号を「できれば自分と同じ左投手につけてほしい」との意向があり、名誉ある背番号「34」を継承することとなりました。

偉大な背番号にとまどいつつも「背負うからにはやってやります。自分が努力すれば似合うようになると思う。」と覚悟を決めた福敬登選手は、とても頼もしく見えました。

プロ入り

中日ドラゴンズへ入団した福敬登選手。2016年のルーキーイヤーは、怪我の為キャンプを二軍で過ごしましたが、徐々に回復。

この年入団したルーキーの中で、唯一の開幕一軍メンバーに選ばれます。

当初、即戦力のプロフィールをもつ中継ぎとして期待されていたため、開幕2試合目で中継ぎとして初登板。

その後、中日ドラゴンズの先発事情もあり、初登板からわずか中四日で一軍初先発を迎えました。

この時は初先発の緊張からか本来のポテンシャルが出せず、4回途中5失点で降板。

しかし5月には、わずか4球で緊急登板したドリュー・ネイラー選手の後を投げ、初勝利をあげました。

福敬登選手はこの時を振り返り「極限まで冷静にいこう。打たれても関係ない」と自分に言い聞かせていたんだそうです。

更なる活躍を期待された2017年は、3月に左肩痛を発症し、その後は一進一退を繰り返します。そして7月の二軍戦でやっと実践復帰。

この年一軍に復帰出来たのは、8月終盤と遅く、2016年のルーキーイヤーから更なる成長を期待された今季でしたが、わずか5試合の登板に終わりました。

今季味わった、投げたくても投げられない悔しさを、来季は思う存分一軍のマウンドにぶつけてくれることを期待します!

中日ドラゴンズ福敬登選手の特徴

中日ドラゴンズ福敬登選手は、がっしりとした体格から投げられる最速150キロのストレートと、110キロ台のチェンジアップ・スライダーを武器に、両サイドに投げ分ける投球スタイルをもつ選手です。

球に力があり、ストレートでどんどん押していける強みを持ちます。

その速球を生み出すのは、人並外れた背筋力。

特にウエートトレーニングもしてこなかったにもかかわらず、社会人時代の背筋力は測定器を振り切り、当時で推定230kgくらいと言われていたそうです。

フォームはノーワインドアップから始動する、下半身主導の安定したフォーム。持ち前の背筋力を無駄なく下半身に伝え、最速150キロを生み出しています。

中日ドラゴンズ福敬登選手の性格

笑うと人懐こい目が印象的。ひたむきで真面目な性格の福敬登選手。

社会人時代は小倉駅の駅員を務めていて、熊本の震災時にJR九州時代にお世話になった先輩が熊本にいることを知ると、早速救援物資を送ったそうです。

チーム内のあだ名は、愛知の東山動物園のイケメンすぎるゴリラ「シャバーニ」に似ていることから「シャバーニ」。愛嬌のある笑顔からそう呼ばれているのでしょうね。

このあだ名は福敬登選手ご本人も気に入っているらしく、東山動物園が鳥インフルエンザで休園した際には「“身内”の話なので心配です。

あいつ(シャバーニ)には良い休養になればいいのですが」と、人気のシャバーニを気遣い、笑いを誘っていました。

また、ルーキーイヤーの昇竜館入寮の際、元テニスプレーヤーの松岡修造氏の著書「修造ダイアリー」を持ち込み、毎日真面目にきちんと記入し、励みにしていたんだそうです。

中日ドラゴンズ福敬登選手の成績・年俸

契約金5000万、年俸1000万で中日ドラゴンズと契約した福敬登選手の、成績と年俸です。

  • 2016年
    登板数27 投球回43.1 1勝2敗0セーブ4ホールド
    防御率4.78 奪三振31 年俸1000万
  • 2017年
    登板数5 投球回5.2 0勝0敗0セーブ0ホールド
    防御率7.94 奪三振7 年俸1300万

中日ドラゴンズ福敬登選手の加入で「福」来たる?!

(出典:ぱくたそ-フリー写真素材より)

その人懐こい笑顔と名前の「福」のおかげで、JR九州時代、案内係として小倉駅で働いていた頃は、なぜか年配のお客様に差し入れをいただいていたんだそうです。

中日ドラゴンズもまた、2015年に、下関で「ふく」と呼ばれ、縁起の良い「フグの置物」をベンチにつるしたところ連勝。

そして今度は、150キロを投げる「福」が中日ドラゴンズに入団しました。

来季は1年を通して一軍で投げ続けて、チームに「福」をもたらす活躍を期待します!

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