復活する竜のエースに期待!中日ドラゴンズ吉見一起選手を徹底分析!

2017年プロ野球もいよいよ佳境!優勝争いやタイトル争い、熱戦が繰り広げられている中、かつて優勝の立役者ともなった中日ドラゴンズ・吉見一起選手が、ひとり苦しい戦いを続けています。今回は、度重なる怪我や手術に苦しみつつも復活を目指す、中日ドラゴンズ・吉見一起選手の、プロフィールや経歴、成績、年俸、性格などについても解説しています!

「精密機械」コントロールを武器に歩んだエースの道、中日ドラゴンズ・吉見一起選手

主力選手の怪我などで、明るい話題の少ない今季の中日ドラゴンズ。その中でもファンの皆様が復活を待つ選手の一人が、吉見一起選手ではないでしょうか。
吉見一起選手といえば、2002年から2011年まで、中日ドラゴンズ史上最長となる、11年連続Aクラス入りの後期に活躍したエース。緻密なコントロールを武器に、セ・リーグでは最多勝2回、最優秀防御率1回を獲得し、中日ドラゴンズでは星野仙一元選手以来の5年連続二桁勝利を達成しました。

そんな吉見一起選手ですが、2017年の今季はここまで3勝と苦しんでおり、先日腰痛の為、選手登録を抹消されました。

今回は、度重なる怪我や手術に苦しみつつもファンの期待に応え、復活を目指す吉見一起選手の、経歴・性格・成績・年俸などのプロフィール、知られざるエピソードと共にご紹介していきたいと思います。

中日ドラゴンズ・吉見一起選手のプロフィール

  • 名前   :吉見一起(よしみ かずき)
  • 生年月日 :1984年9月19日
  • 出身地  :京都府福知山市
  • 身長   :182cm
  • 体重   :91kg
  • 投球・打席:右投右打
  • 経歴   :金光大阪高→トヨタ自動車→中日ドラゴンズ

中日ドラゴンズ・吉見一起選手の経歴

学生時代

吉見一起選手は小学校2年生の頃野球をはじめ、当時、壁当てでは誰にも負けなかったといいます。この頃より温厚な性格ながら、野球に対しては真面目で負けず嫌いな性格が、培われていったそうです。

自然とコントロールが磨かれ、高校2年生の頃には金光大阪高のエースとして、2002年第74回選抜高校野球大会に出場します。のちに金光大阪高へは、双子でバッテリーを組む吉見一起選手の弟も入部し、妹もマネージャーとして入部しています。年の離れた弟妹をとてもかわいがり、心優しきエースは自分のため、弟たちのためにもプロを目指します。これが吉見一起選手の原点ともいわれています。

選抜高校野球大会では1回戦敗退となりますが、後に吉見一起選手の特徴の一つとなるコントロールの良さはこの頃より評価されていて、卒業後はトヨタ自動車へ入社。社会人野球への道を進みます。

プロ野球選手へのきっかけ

この頃、シーズンオフにたまたまトヨタ自動車を訪れていたヤクルトスワローズ元捕手の古田選手に「君のカーブは使い物にならんね」と言われたことがきっかけで、すっぱりとカーブを諦め、他の球種を磨き、当時の社会人ナンバー1投手へと成長していきます。

2005年のドラフト会議では、肘の手術で評価を下げていたものの、有力選手の一人として高い評価を得て、2005年ドラフト希望枠で中日ドラゴンズへ入団しました。

中日ドラゴンズ吉見一起選手といえば、緻密なコントロールとハイブリッドな投球術

吉見一起選手の強み

プロ入り後、吉見一起選手の初登板はルーキーイヤーの2006年秋。中継ぎとして初登板し、後日、初先発・初勝利。同年の日本シリーズでも中継ぎとして活躍します。
2007年はファーム日本選手権で最優秀選手賞を獲得。

そして3年目の2008年に初の開幕一軍入りを果たし、この年は右肩の故障を抱えながらも10勝をあげ、将来のエースとしての片鱗を見せ始めます。

その特徴は見分けることが出来ない変化球抜群のコントロール

スリークオーター気味のフォームから投げる球種は、ストレート・スライダー・シュート・フォーク・チェンジアップ。これらの球種を、すべて同じ腕の振りで投げ分けることが出来ます。

ストレートの球速は140km前後と、プロ野球選手の中では飛びぬけて早いとは言えませんが、他にもカットボールやパームボールも投げることが出来、球数少なく低めにコントロールされた投球を武器に、吉見一起選手は徐々にエースへの道を歩んでいきました。

エースとして

そんな吉見一起選手に、2009年、転機が訪れます。

それまで中日ドラゴンズのエースだった川上憲伸選手がアメリカへ渡り、アトランタ・ブレーブスへ移籍。前年までの実績を積み上げてきた吉見一起選手は、開幕ローテーションを勝ち取ります。

その後、順調に勝ち星を重ね、この年16勝をあげて最多勝を獲得。防御率も1.996と、チームメイトのチェン・ウェイン選手に次ぐリーグ2位。両リーグ最多となる4完封。また、吉見一起選手の特徴である、制球力を活かした試合運びで、無四球試合は3を記録し、両リーグ最多を記録します。去っていったエースの穴を埋め、安定した成績を残した吉見一起投手は、一気に中日ドラゴンズのエースへと駆け上がっていきました。

吉見一起選手、珠玉の投球で中日ドラゴンズの真のエースへ!

2010年に初の開幕投手を務めた吉見一起選手ですが、この年はシーズン中に痛めた肘も故障の影響もあり、前年の成績は超えないながらも二桁勝利をあげ、チームの優勝に貢献。

そして2011年、吉見一起選手は前年に受けた手術の影響で、開幕には間に合わなかったものの、一軍に合流してからは危なげない投球術で、勝ち星を重ねていきます。9月には自身初となる月間MVPを獲得。4年連続二桁勝利をあげ、2度目の最多勝を獲得。チームは中日ドラゴンズ初となるセ・リーグ優勝連覇を達成しました!

さらにこの年は防御率1.65を記録し、初の最優秀防御率を獲得。.857の最高勝率も獲得し「投手三冠」を達成しました。吉見一起選手の多彩な変化球を引き出した谷繁元信選手と共に、最優秀バッテリー賞も受賞。他にも最多完封・最多無四球試合と、吉見一起選手にとって、記録尽くしの年となります。

コントロールの良さを生かし、球数少なく打者を打ち取るその投球スタイルは「精密機械」とも称され、いつしか中日ドラゴンズの絶対的エースへと昇り詰めていました。

球団の顔ともいわれる選手会長を務めた2012年は、2度の怪我による登録抹消で、2か月もの時間を2軍で過ごすこととなりましたが、それでも5年連続二桁勝利をあげます。

完全復活を目指し、もがくエース…中日ドラゴンズ・吉見一起選手

これまで怪我を抱えながらも驚異的な成績をあげてきた吉見一起選手ですが、2013年、ついに身体が悲鳴を上げ始めます。

WBC日本代表に選ばれながらも、肘の手術の為、辞退を余儀なくされます。シーズンが始まってからも肘の調子は思わしくなく、再び手術へ。この年はたった6試合の登板で1勝。リハビリなどを要し、翌2014年も3試合の登板がやっとの状態でした。

度重なる違和感と戦う吉見一起選手は、2015年に945日ぶりの勝利をあげます。その後も登板間隔をあけたり、球数を制限しながら徐々に復活への道をたどりますが、再び肘に違和感をおぼえ手術へ。

それでも昨季2016年は100球という球数制限がありながらも21試合に登板し、ようやく怪我による登録抹消もなくシーズンを終えることができました。幾度も手術を重ね、ここからエースの復活を!と願ったファンも多かったのですが、2017年、今季の吉見一起選手はここまで3勝と苦しんでおり、先日腰痛の為、選手登録を抹消されました。

中日ドラゴンズ・吉見一起選手の年度別の成績と年俸

  • 2006年
    登板数4 投球回13.1 1勝0敗
    防御率2.70 奪三振10 年俸1500万
  • 2007年
    登板数5 投球回14.2 0勝1敗
    防御率7.36 奪三振14 年俸1350万
  • 2008年
    登板数35 投球回114.1 10勝3敗
    防御率3.23 奪三振82 年俸1200万
  • 2009年
    登板数27 投球回189.1 16勝7敗
    防御率2.00 奪三振147 年俸3800万
  • 2010年
    登板数25 投球回156.2 12勝9敗
    防御率3.50 奪三振115 年俸9000万
  • 2011年
    登板数26 投球回190.2 18勝3敗
    防御率1.65 奪三振120 年俸1億2000万
  • 2012年
    登板数19 投球回138.2 13勝4敗
    防御率1.75 奪三振76 年俸2億7000万
  • 2013年
    登板数6 投球回36.1 1勝4敗
    防御率4.71 奪三振29 年俸2億9000万
  • 2014年
    登板数3 投球回15.0 0勝1敗
    防御率4.20 奪三振6 年俸1憶7400万
  • 2015年
    登板数8 投球回48.0 3勝0敗
    防御率0.94 奪三振39 年俸1億440万
  • 2016年
    登板数21 投球回131.1 6勝7敗
    防御率3.08 奪三振81 年俸8910万

不安と迷いを切り裂く!中日ドラゴンズ・吉見一起選手の覚悟

2013年以降、吉見一起選手にとってもファンにとっても心配なシーズンが続いています。

それでも2016年、投球フォームを元に戻し、1年間怪我無くシーズンを終えた吉見一起選手を、元チームメイトの小田幸平選手は「結果を出すために、覚悟を決めたのではないか」と分析しています。

普段は明るく楽しい吉見一起選手も、野球に関してはとことんシビア。どんなに調子が良いときでも上を目指す吉見一起選手を「向上心の塊」といいます。

そんな真面目な吉見一起選手が、再びマウンドでかつての多彩な変化球で打者を打ち取る姿を見せてくれる日を、心からお待ちしています!

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