【千葉ロッテマリーンズ】歴代ユニフォーム8種まとめ!初代から2017最新マジェスティックまで!

白と黒を基調としたデザインのユニフォームを採用している千葉ロッテマリーンズ。通常のシンプルで洗練されたデザインのユニフォームはもちろん、ファンフェスタでの鮮やかで斬新なユニフォームどちらも人気があります。今回は千葉ロッテマリーンズの歴代ユニフォームとユニフォームにまつわる出来事についてご紹介していこうと思います。

千葉ロッテマリーンズのユニフォームの歴史を振り返ります

伊藤監督政権5年目を迎える千葉ロッテマリーンズ。千葉ロッテマリーンズといえば白と黒を基調とした洗練されたユニフォームが印象的ですよね!そこで今回は千葉ロッテマリーンズの歴代ユニフォームを振り返りながらそのユニフォームで起こった出来事などについてご紹介していきます!

千葉ロッテマリーンズ最初のユニフォームは初のプルオーバータイプ!

千葉ロッテマリーンズは1992年に誕生した球団です。前身のロッテオリオンズが本拠地を千葉に移したことで誕生しました。

千葉ロッテマリーンズ最初のユニフォームは前身の毎日オリオンズを含めても歴代初となるプルオーバータイプのユニフォームを採用しました。プルオーバータイプとは前面にボタンのついていないタイプのユニフォームです。選手の使いやすさを重視したんですね。

ユニフォームの色はサンライズ・ピンクカレント・ブルーを採用し移籍した千葉県のイメージ定着を図りました。

このユニフォームが採用されていた1992年〜1994年の千葉ロッテマリーンズは新しい船出となった一方苦しい時代となりました。開幕を千葉で迎えると4月は首位で終えるものの徐々に失速してしまい、最終的なチームの成績は最下位。翌1993年と1994年もリーグ5位という成績に終わってしまいます。

順位の低迷と共に観客動員数も徐々に減少してしまいました。川崎に本拠地を置いていた時代からの「12球団最低レベルの観客動員数」という問題を解決することができませんでした。

29年ぶりに縦縞ユニフォーム復活!

1995年の変更

1995年に千葉ロッテマリーンズはユニフォームのデザインを一新します!

チームカラーに現在と同じ白と黒を基調としたものを採用し、毎日オリオンズ時代に使用されていた縦縞が復活!このユニフォームはシカゴ・ホワイトソックスを参考にしたデザインとなっていました。

このユニフォームのデザイン変更はこの年から監督に就任したボビー・バレンタイン監督の意向が反映されています。

バレンタイン監督は千葉に移籍して以降採用されていたユニフォームについて「戦う者の着るユニフォームではない」と批判したのです。これを受けてGMであった広岡達朗の提案で新デザインを採用することになりました。

またビジター用のユニフォームにはグレーの色を採用し、胸元にMarinesのロゴをあしらったユニフォームとなりました。

ユニフォームのデザインが変わった1995年の千葉ロッテマリーンズの出来事としては序盤は出遅れたものの最終的にはリーグ2位という好成績で10年ぶりのAクラス入りを果たしたことでしょう!後にチームの中心選手となっていく堀幸一選手がリーグ2位の打率を残し、初芝清選手が打点王を獲得するなどチームの明るい未来を思い描くことのできる1年でした。

2000年、ビジターユニフォームを変更

千葉ロッテマリーンズは2000年に1995年から採用していたビジター用のユニフォームを変更します。ビジターでの負けが多かったためにゲン担ぎの意味を込めての変更でした。

この変更ではこれまでの上下グレーのユニフォームから下はグレーそのままで上を黒地にグレーでロゴを入れるものへと変更。球団としては歴代初となる上下ツートンカラーのユニフォームとなりました。

このころの千葉ロッテマリーンズの成績は低迷していました。毎年のようにBクラスに沈み最下位となってしまうシーズンもあったほどです。

しかしこの不遇の時代にはその後の強いマリーンズを支える多くの選手が入団しています。渡辺俊介選手・清水直行選手・今江敏晃選手・西岡剛選手です。後の日本一に貢献する選手たちがこの時期に入団しました!

2004年、新たなホーム用ユニフォームを追加!

2004年千葉ロッテマリーンズに復帰したバレンタイン監督。バレンタイン監督からの提案があり千葉ロッテマリーンズは新たなユニフォームを採用します。ホーム用ユニフォームとして黒いダンダラ帯の入ったサンデーユニフォームが追加されました。

また2005年からはユニフォームごとに名称が設定されました。これまでのホーム用ユニフォームである上下縦縞のユニフォームが「戦」黒いダンダラ帯に白いパンツを合わせた物を「誠」黒のダンダラ帯に黒いパンツを合わせた物を「侍」と呼ぶようになりました。

またどのユニフォームで試合に臨むかを先発投手が決められるメジャーで取り入れられているシステムも導入しました。連勝中などは縁起担ぎで同じユニフォームを着続けるなど選手はもちろんファンもユニフォームで楽しむことのできるシステムとなりました!

2005年の千葉ロッテマリーンズの出来事といえばなんといっても31年ぶりの日本一!日本シリーズでは4試合で33得点をあげるなど歴代の日本シリーズの中でも圧倒的な得点力!切れ目のない打線と6投手が2桁勝利を記録するなど投打共に好調なシーズンでした。共に2005年が初開催となったセ・パ交流戦とアジアシリーズも優勝し一軍と二軍で年間6冠という圧倒的な成績を残しました。

2008年、2010年、2014年にもデザイン変更が!

2005年以降も少しずつモデルチェンジがあった千葉ロッテマリーンズのユニフォームですが2008年、2010年、2014年に大きな変更が行われています。

新たなチームカラー赤を追加!

2008年はホーム用ユニフォームの「誠」とビジターユニフォームのデザイン変更が行われました。

ホーム用ユニフォームであった黒いダンダラ帯の「誠」にこの年から新たに採用されたチームカラーであるを取り入れます。胸の部分のラインと袖のダンダラ帯、背番号の部分が赤色になりました。

ビジターユニフォームはこれまで通り黒を基調としながらも上から下に向けて黒から白へとグラデーションしていくプロ野球史上初となるデザインを採用しました。

名称を廃止し新たなユニフォームへ!

2010年にはこれまでユニフォームごとにつけられていた名称を廃止します。それと共にチームカラーの一つであった赤色も無くなりました。

ビジター用のユニフォームは2008年に採用されたグラデーションをやめ、黒地に白のカットラインの入った物へと変更されます。

サードユニフォームはホーム用と同じくピンストライプを採用し、ラグランスリーブの部分が黒くなっているモデルとなりました。

2014年 ビジターユニフォームを変更!

2014年にはホームとビジターの素材を新たな物にすることでユニフォームを軽量化しました。

またビジターユニフォームはデザインも変更し、2010年からの黒地に白のカットラインという部分は残しつつ胸のロゴや背番号などを白地で赤で縁取りした物へと変わりました。

2014年に採用されたユニフォームが今も使用されています。

2008年からの成績・出来事は・・・

3度の大きなユニフォームのデザイン変更があったこの期間、千葉ロッテマリーンズはAクラス入りが4度日本一1度という成績を残しています。

特に2010年はリーグ3位ながらもパ・リーグのクライマックスシリーズを勝ち上がり、勢いそのままに日本一へと上り詰めました!これは史上初のことでした。

2010年に変更したユニフォームによる好影響があったと言えそうです!

お気に入りのユニフォームで応援に行こう!

今回は千葉ロッテマリーンズの歴代ユニフォームと出来事についてご紹介しました。きっとお気に入りのユニフォームがあったと思います。ぜひ自分のお気に入りのユニフォームをゲットして千葉ロッテマリーンズを応援に行きましょう!

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