広島東洋カープ・野間峻祥選手の「プロフィール」に迫る!走攻守が揃ったイケメン外野手

【ポスト緒方孝市】広島東洋カープ・野間峻祥選手の「プロフィール」に迫る!走攻守を高いレベルでこなしながら、甘いマスクが特徴で、カープファンからの人気が高い野間峻祥選手。首脳陣やファンから、多くの期待をかけられるものの、なかなかレギュラー奪取をできない状況が続きます。一流と呼ばれる外野手が多く所属する広島東洋カープで、野間峻祥選手はレギュラーを奪取できるのか。この記事では、広島東洋カープ・野間峻祥選手のプロフィール・経歴・年俸・成績・性格について紹介します。

広島東洋カープ・野間峻祥選手の現在

走攻守を高いレベルでこなす、広島東洋カープの野間峻祥選手。甘いマスクが特徴で、カープファンからの人気が高い選手です。

しかし、期待が大きい反面、まだまだ満足のいく成績を残せていないのが正直なところです。

高いポテンシャルを持ちながら、なかなかレギュラー奪取ができていない野間峻祥選手。

この記事では、広島東洋カープ・野間峻祥選手のプロフィール・経歴・年俸・成績・性格について、ご紹介します!

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広島東洋カープ・野間峻祥選手の「プロフィール」

プロフィール

  • 選手名:野間 峻祥(のま たかよし)
  • 所属:広島東洋カープ
  • 背番号:37
  • 生年月日:1993年1月28日生まれ
  • 出身:兵庫県三木市
  • 経歴:村野工業高校→中部学院大→広島東洋カープ
  • 身長・体重:180cm・83kg
  • ポジション:外野手

選手としての特徴

左右に打ち分ける高い打撃センスもさることながら、

  • 50m5.8秒の俊足
  • 遠投110mの強肩
  • 俊足強肩を生かした守備

など、走攻守を高いレベルでこなす外野手です。

そのポテンシャルの高さは、『ポスト緒方孝市』と期待されるほどです。

広島東洋カープ・野間峻祥選手の「経歴」

強豪校で見せ続けた、ポテンシャルの高さ

野間峻祥選手が野球を始めたのは、小学校3年生のとき。当時から野球センスは高く、4年生の頃には6年生のチームで、エースとして活躍した経歴を持っています。

中学では『神戸須磨クラブ』に所属。神戸須磨クラブは、全国大会で優勝・準優勝するような強豪クラブで、何人ものプロ野球選手を輩出しています。

高校は、兵庫県の村野工業高校へ入学。こちらも甲子園出場経験がある名門校。その名門校で、野間峻祥選手はポテンシャルの高さを見せます。

1年生の時から、レギュラーとして試合に出場。1番打者を務めていたようです。3年生には5番打者を務め、主力選手として活躍しました。

3年生の夏の甲子園大会では、キャプテンを務めましたが、4回戦で敗退し甲子園出場の夢は叶いませんでした。

無名選手から、ドラフト1位へ

大学は、岐阜県の中部学院大学に進学。

広角に打ち分ける打撃センスや、50m5.8秒の俊足と遠投110m強肩を生かし、1年生からスタメンを勝ち取ります。

もともと打撃面でのレベルは高かったのですが、3年生の時に打撃面がさらに開花します。3・4年生時の4シーズンのうち3シーズンが、打率4割越えのシーズンという成績を残しました。

大学在学中の4年間、東海地区大学野球リーグで「ベストナイン7回、首位打者1回、盗塁王2回」という華々しい成績を収めます。

高校生の頃まで、いわば無名選手だった野間峻祥選手。大学4年間で大きく飛躍し、一気にプロ注目の選手として名前が上がるようになります。

結果、2014年10月のプロ野球ドラフト会議にて、広島東洋カープから1巡目にて指名。プロ野球選手になる夢をついに叶えることになりました。

「隙あらば野間」

ドラフト1巡目の指名選手として、広島東洋カープに入団した野間峻祥選手。首脳陣やファンからの期待値は、入団前からとても高いものでした。

背番号は”37番”に決定。この番号は、選手時代の緒方孝市監督が、広島東洋カープで付けていた背番号でもあります。

2015年2月、オープン戦の初戦にあたる巨人(読売ジャイアンツ)戦で、「1番・右翼手」として先発出場。ホームランを放つ活躍を見せ、首脳陣やファンへ印象を強くつけました。

その後オープン戦では、22打数3安打と満足な成績を残せなかったものの、持ち前の走力や守備力が首脳陣から高く評価されます。

結果、開幕1軍メンバーとしてプロ1年目のシーズンをスタートさせることになりました。

シーズンが始まってからも、野間峻祥選手は積極的に起用されます。開幕戦で代走としてプロ初出場。2日後には「1番・右翼手」としてプロ初スタメンを記録しました。

その試合ではプロ初安打を放ち、4月にはプロ初の「ホームラン」「猛打賞」「打点」「捕殺」などを記録。特にホームランについては、NPB(日本野球機構)の新人選手の中で、最も早い記録となりました。

その後もシーズンのほとんどを1軍に帯同し、主に代走・守備固めの起用ながら127試合に出場。打率こそ”.241”だったものの、セ・リーグ2位の6三塁打をマークしたほか、外野守備でリーグ4位の6補殺を記録しました。

首脳陣からの期待も高く、シーズン通して起用される機会が多かったことから、『隙あらば野間』とまで言われるほどでした。

1年目から順調に成績を残し、今後が期待された野間峻祥選手でしたが、翌年2016年は厳しいシーズンとなります。

2016年も開幕1軍メンバーとして、プロ2年目のシーズンを迎えます。しかし、開幕から試合に出場しますが、あまりにも結果が出ず、開幕直後にプロ人生初の2軍落ちを経験します。

その後、2軍戦で86試合に出場。「打率.299・7本塁打・43打点・20盗塁」と結果を残しますが、1軍昇格のチャンスは少なく、1軍戦では21試合の出場にとどまりました。

2017年は1軍戦出場が増えたものの、満足いくような成績が収められず、首脳陣やファンからの期待に応えられないシーズンが続いています。

しかし、野間峻祥選手の高い打撃センスや、走塁や守備面での高いポテンシャルを生かし、今後の広島東洋カープに欠かせない選手となるでしょう。

広島東洋カープ・野間峻祥選手の「年俸」と「成績」

2015年

年俸:1,500万円
<1軍成績>
127試合/打率.241/1本塁打/10打点/8盗塁
<2軍成績>
5試合/打率.409/0本塁打/2打点/4盗塁

2016年

年俸:1,700万円
<1軍成績>
21試合/打率.292/0本塁打/1打点/1盗塁
<2軍成績>
86試合/打率.299/7本塁打/43打点/20盗塁

2017年(2017年9月25日現在)

年俸:1,400万円
<1軍成績>
96試合/打率.189/0本塁打/2打点/10盗塁
<2軍成績>
17試合/打率.294/0本塁打/3打点/2盗塁

広島東洋カープ・野間峻祥選手の「性格」

野間峻祥選手が小学校1年生の頃、ご両親が離婚。母親のしのぶさんが、女手ひとつで野間峻祥選手を育てたそうです。

母・しのぶさんいわく、野間峻祥選手はとても『負けず嫌い』な性格のようです。

小4で6年生チームの投手になった。でも性格は変わらない。「めちゃくちゃ負けず嫌いでした」としのぶさんが笑う。
「相手は6年生だし、しょうがないやろと思うけど、峻祥は何年生だろうが、ヒット1本打たれるのが悔しかったんです」
(出典:日刊ゲンダイ

その負けず嫌いな性格は、プロの世界にいても発揮されているようです。2016年に2軍落ちした際は、悔しさのあまり「毎日1000回」のスイングをしていたとか。

また、陽気で明るい性格とも言われており、中部学院大学の後輩から「いいお兄ちゃん」「尊敬できる」と言われているようです。

『ポスト緒方孝市』へ!広島東洋カープ・野間峻祥選手

首脳陣やファンから、多くの期待をかけられる、広島東洋カープの野間峻祥選手。

広島東洋カープは今、外野手に一流選手が多く所属し、レギュラーに定着することは決して簡単なことではありません。

しかし、走攻守の高いポテンシャルに加え、持ち前の負けず嫌いで明るい性格を発揮し、今後の広島東洋カープに欠かせない選手となるでしょう。

「ポスト緒方孝市」とまで言われる野間峻祥選手。今後の活躍に期待しましょう!

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