秋吉敏子は、1929年に遼陽(旧満州国)で生まれた日本ジャズピアニストの草分け的存在だ。小学校1年生からピアノを習い始め、終戦後に別府の駐留軍キャンプでジャズピアニストとして演奏を開始する。1952年にはコージー・カルテットを結成し、のちにサックス奏者の渡辺貞夫をはじめ日本の錚々たるジャズメンが参加する。当時、来日していたオスカー・ピーターソンに才能を認められた秋吉敏子は1956年に単身渡米し、日本人として初めてバークリー音楽院の奨学生となり、ニューポート・ジャズ・フェスに出演、一躍注目を浴びる。1973年には夫でテナーサックス奏者のルー・タバキンとビッグバンドを結成し、数々の名演、名盤を生み出してきた。演奏活動を始めて70周年を迎えた世界に誇るジャズピアニスト・秋吉敏子のソロコンサートが2016年9月に開催される。超一級のジャズ演奏を生で聴く数少ないチャンスを逃してはならない。

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秋吉敏子について

日本ジャズ界の至宝!秋吉敏子の魅力とは

演奏活動を始めてから70周年を迎えた今日もなお精力的な音楽活動を展開している秋吉敏子は、日本が世界に誇るジャズアーティストのパイオニアだ。彼女の才能を見出したのは超速弾きテクニックで有名なピアニスト、オスカー・ピーターソンだった。1953年ノーマン・グランツ率いるジャズ・アット・フィルハーモニックが来日した際に、メンバーの一員だったオスカー・ピーターソンが彼女の卓越したプレイを高く評価し、グランツの手で初録音を行った。
1956年には日本人として初めて本場アメリカに渡り、バークリー音楽院でピアノ演奏の技術と音楽理論を身につける。当初は、敗戦国日本から来た女性ジャズプレイヤーとして偏見と逆風に晒されるが、チャーリー・マリアーノ、チャールス・ミンガスなど有名ジャズメンと演奏活動を繰り広げ、その才能が評価されるようになる。1973年にはビッグバンド「秋吉敏子=ルー・タバキンビッグバンド」を立ち上げ、ジャズと日本古来の和楽を融合した新しいサウンドを生み出した。自ら作曲・編曲を行い、ジャズ専門誌ダウンビートの「ビッグバンド部門」の批評投票で1979年から5年連続、読者投票でも1978年から5年連続で1位を獲得し、名実ともにジャズ界のトップアーティストとして世界的にその名を知られるようになった。
その後も1996年から2003年にわたりニューヨークの名門ジャズクラブ「Birdland」でレギュラーバンドを務め、また日本人で初めてその功績が認められ「国際ジャズの殿堂」入りを果たした。

試練と苦労を乗り越え、2016年9月、輝かしい経歴を持つに至った秋吉敏子の生演奏を聴く機会が訪れた。日本ジャズ界の至宝のピアノの旋律に心躍ることは間違いない。

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